もう、むっちゃくちゃ細かいことなんですが、
これもやはり訳文を作るうえで必要なことなので、
一応書き留めておきたいことがあります。
今回は、[4>3]と[18>2]に登場するあるセリフをどう訳すのか、
という問題です。
◆ マークと個体の識別
注意深い読者の方ならすでに気が付いていることとは思いますが、
『ランカル 1』に登場するキャラクターの中には、
外見が一見同じように見えて、
体に入れられているマークでそれぞれを識別できるキャラ群、というのが
登場します。
たとえば大統領親衛隊のセムシ部隊です。
彼らは肩のところにマークが入っていて、
それぞれを識別できるようになっています。
分かりやすいのは[22>1]でしょうか。
このコマには四人のセムシが描かれていますが、
それぞれの右肩には、
「X」「◆」「▼」「〇」という、
それぞれ異なったマークが入れられています。
注意深く見れば分かるように、
他のコマにおいてもこのマークは厳密に描き分けられています。
このおかげで、たとえば[20>5]と[43>4]には、
おなじ「X(太めの十字と細めの尖った十字が重なっている形)」のマークが
入ったセムシが登場していることが判別できたりします。
他には、AMOKのマスク族の肩にも同様のマークが入っていますし、
(たとえば[36>1])
犬頭族のキルの左耳にはディフールに撃たれた穴が開いていますし、
(たとえば[7>2]と[40>3])
メタ男爵のジャケットには「B(おそらく"男爵/BARON"の略)」という
マークが入っていたりもします。
([36>2])
キルやメタ男爵はともかく、
セムシ部隊やマスク族などは、
このマークこそが唯一個体を識別できる手掛りになっているのですから、
言ってみればこのマークこそが彼らの名前に相当するわけです。
◆ オノマトペなのか警官の名前なのか
そこで問題になってくるのが、
[4>3]と[18>2]に登場するセリフです。
まず[4>3]の方ですが、
このコマの一番最初に出てくる「PY」というセリフは
どう訳せば良いのでしょうか?
一見オノマトペのようにも見えますが、
呼びかけられているロボット警官の胸にあるマークを見れば分かるとおり、
「PY」は、このロボット警官の識別マークでもあると同時に
名前でもあるのです。
[5>1]や[8>6]でも、このマークはちゃんと描き込まれています。
[8>7]では、ディフールのセリフの中でも
「PY」がロボット警官の名前として出てきます。
つまり、識別マークを名前の代わりにする例が確実に存在する、
ということになります。
◆ オノマトペなのか隊員の名前なのか
ここまでのことを踏まえて考えてみたいのが、
[18>2]の三つ目のふき出しの中に登場する
▽
▲
というセリフの意味です。
これも一見、異性人が発した意味のない音を表現したもの、とでも
解釈できそうなセリフなのですが、
[17>8]を注意深く見てみてください。
バーグ族のコマンドーで、肩に
▼
▲
というマークの入っている隊員がいるのです。
これが今回最大の問題です。
[18>2]の問題のセリフは、おそらくW.C.に撃たれたバーク族のコマンドーが
とっさに発したセリフなのでしょうが、
これは叫び声なのでしょうか、
それとも、とっさに他の隊員の名前を呼んだものなのでしょうか。
そこで手掛りにしたいのは、
[17>1]の最初のセリフ「ALORS*?」についている原注です。
欄外に書き込まれている原注には、
「*TRADUCTION INSTANTANEE(同時通訳)」とあります。
同時通訳であるからには、もし問題のセリフが叫び声であったのなら、
その叫び声に相当するようなフランス語のオノマトペ
(たとえば「AH」や「ARGH」など)
に訳されるはずです。
オノマトペなら翻訳は可能です。
たとえば、日本語による犬の鳴き声「ワンワン」は、
英語なら「BOWWOW」に翻訳することが可能です。
決して「WANWAN」と訳されることはありません。
元の叫び声が言葉にしがたいような代物だったとしても、
翻訳するからには、翻訳する言葉に即した形で、
「言葉にはしがたい叫び声」を連想させるような形に訳すはずです。
日本語でそういう声を表現するなら、たとえば
「あ゛あ゛あ゛あ゛」
という感じになるでしょうか。
あくまで日本語の「あ」と濁点を使うことによって、
日本語にはしがたいような音を表現することが可能なのです。
それにもかかわらず、
問題のセリフはフランス語には訳されていません。
これはつまり、問題のセリフが翻訳不可能なセリフ、
すなわち、固有名詞であるからなのではないか、と思うのです。
「富士山」はあくまで「MT.FUJI」ですし、
「手塚治虫」はあくまで「TEZUKA OSAMU」です。
固有名詞を訳すことは不可能です。
すなわち、問題のセリフは、
隊員の識別マークなのではないかと思うのです。
◆ 最後にちょっとした補足
さて、長々と考えてみた結果、
[18>2]の問題のセリフは識別マークだと結論付けたわけですが、
それでもやっぱり若干の疑問点が残ります。
▽にしろ▲にしろ、
フランス語であると言えば言えないこともないかなぁとも思います。
記号として認識するのならば、
フランス語にだって三角印くらいはあるでしょう。
つまりそれを使って、言葉にはしがたい叫び声を表現した、
とも充分考えられるのではないでしょうか。
結局、一番妥当な解釈は、
何だかよく分からないセリフ、としておくことなのでしょうし、
叫び声にしろ識別マークにしろ、訳文を作る際には
▽
▲
とそのまま表記する以外に方法がないので、
訳文とは別個に翻訳メモとして残しておくことにします。
う~ん、
「答えが確定できるとは限らない」
というのが、今回の結論であるような気がして来た……。