宮崎駿の『風の谷のナウシカ』にも影響を与えた、
フランスの漫画『Arzach』の和訳です。
[
『Arzach』(アルザック)解説]
[
メビウス&宮崎駿対談動画:文字おこしと全和訳1]
OUVRIR VERS LE HAUT EST BIEN PLUS DIFFICILE.
CERTAINS N'EN ONT NUL BESOIN.
ILS Y SONT RETRANGES, COUPES DES PROFONDEURS,
ET FINISSENT PAR NE PRODUIRE QUE DES ANGELOTS SANS LIEN AVEC LE REEL.
IL FAUT QUE LES IMAGES POSITIVES REJOIGNENT CELLES DU BAS,
POUR FORMER UN TOUT HARMONIEUX ENTRE LA PEUR ET L'ESPOIR.
ON DOIT PUISER DE L'ENERGIE EN HAUT POUR ILLUMINER LES PROFONDEURS.
AINSI, LORSQUE L'ESPRIT CESSE D'ETRE DIRECTIF,
ON NE VOIT PLUS SURGIR DES IMAGES DE MORT MAIS DE VIE.
JE N'Y SUIS PARVENU QU'APRES DE TRES LONGS EFFORTS,
UN VERITABLE TRAVAIL PORTANT SUR LA TOTALITE DE MON ETRE,
SUR MES COMPORTEMENTS.
J'AI CHANGE MON ALIMENTATION,
MA FACON DE COMMUNIQUER AVEC LES AUTRES OU DE M'HABILLER...
ET JE CONTINUE A TRAVAILLER SUR 《ARZACH》...
魂の深淵から現実の高みへと目を向けなおすのは、
さらにつらい作業だった。
現実の世界では、
魂の欠片なんてほとんど役には立たなかったからね。
作品にもそういったものは姿を表わさずに終わっているし、
結局、現実のことなんか忘れて天使と無邪気に戯れるなんていう、
お気楽なお話でお茶を濁すことは出来なかった。
ポジティブなイメージも作品に出て来てはいるけれど、
そういうのはすべて、
意識の深層にあったものを組み直して出来ているはずだ。
そういうふうにして、恐れと希望とがうまく調和されているんだと思う。
この作品から僕の意識の深層を読み取ろうとしても、
それはかなり難しい作業になるだろう。
まあ、そんなこんなで、
意識の深淵から目を覚ました後には、
僕はもう、死のイメージにおびえる必要はなくなっていた。
思い浮ぶのは生のイメージだけさ。
でもこれは、
長き苦闘ののち、
持てるもの全て、全人格をかけた真の傑作をものするに至れり、
なんて言うのとはまたちょっと違う感じだ。
僕はすでに、食生活も、他人とのコミュニケーションの取り方も、
服装の趣味も変わってしまっていたからね。
それどころか、
『アルザック』という作品は、
僕にとってはまだ終わってすらいないんだ。
《付記》
かなりややこしい文章になっているので、
まず概要を押さえておきたいと思います。
僕が理解したかぎりでは、
いままで読んできた序文の内容は以下のようになると思います。
1, 現実世界でつらい経験をしていたので、精神の世界に逃げ込んだ。
2, 精神の世界ではポジティブなイメージを持つことが出来た。
3, 精神の世界をもとにして、作品を創った。
(ただし、現実世界のネガティブな部分も作品に影響している)
4, このような作業をとおして、メビウス自身も変化した。
基本的に、
メビウスは当時の現実世界を「上」(HAUT)と表現して
ネガティブなものととらえ、
精神世界を「下」(BAS, PROFONDEUR)と表現して
ポジティブなものととらえているのだと思います。
また、
『アルザック』にはメビウスの精神世界が表わされているけれど、
明確な形で表わされているわけではない、
という事になっているようです。
雑な絵ですが、図式化すると以下のようになるでしょうか。
以下、気になった語句について、
簡単に注解を加えておきます。
◆ 「ANGELOT」(小天使)
「ANGELOT」は手元の辞書によると、
「(宗教画などの)小天使」とあります。
宗教画に描かれている天使というと、
たぶん、ネロとパトラッシュが死ぬときに
天上からやってくるあの天使のことだと思うのですが、
なぜ原文のこの部分で
いきなり「天使」なんて語が出て来るのかがはっきりしません。
● 「TLFi」内「ANGELOT」
● ウィキペディア仏内「Cherubin」
ウィキペディア仏で"angelot"で検索をかけると、
上記のページに誘導されます。
「ケルビム」という名前の天使についてのページです。
● ウィキペディア日内「智天使」
ウィキペディア日のなかの「ケルビム」に相当する事項のページです。
結局、「ANGELOT」について
とくに参考になりそうなことは記述されていませんでした。
これはつまり、逆に考えて、
「天使」についての一般的なイメージをもとに
原文の問題の一節が書かれている、
ということなのだと思います。
「DES ANGELOTS SANS LIEN AVEC LE REEL」で、
「現実と関係のない天使たち」という意味になります。
メビウスは当時の現実世界を辛いものと捉えていたわけですから、
おそらく「天使」は、
そういう辛い現実とはまったく関係のない、
ユートピア的なお気楽な世界の隠喩になっているのだと思います。
◆ 「UN VERITABLE TRAVAIL」(真の作品)
「UN VERITABLE TRAVAIL PORTANT SUR LA TOTALITE DE MON ETRE」で
「自らの存在の全体性をもとにした、真の作品」という意味。
抽象的でよく分からない文章ですが、
『アルザック』の制作を通してメビウス自身が変化してしまった、
という一節と比較すると意味が取りやすいのではないかと思います。
“作者の人格の一貫性”が問題になっているのです。
問題の一節は、
作品の制作をとおして作者の人格の一貫性が揺るがない例
として挙げられているのだと思います。
メビウスはまさにその反対だったわけです。
◆ 「COMPORTEMENT」
● 「TLFi」内「COMPORTEMENT」
「Maniere d'etre ou d'agir d'une personne」
「一人の人間のあり方や行動の仕方」
◆ 「J'AI CHANGE MON ALIMENTATION」
「私は自分の食生活を変えた」という意味。
大塚康生『リトル・ニモの野望』で、
1985年当時のメビウスが「極端な菜食主義者」であったことが
報告されています。
(同書156ページ。
[
『リトル・ニモの野望』解説])
10年ほどの開きはありますが、
ここで言う「食生活を変えた」というのは、
この菜食主義への変更を指していると考えて良いように思います。