今年の12月からフランスのパリで開かれる
「MIYAZAKI-MOEBIUS」展のサイトの和訳、
「MOEBIUS(メビウス)」のつづきです。
リンク先のページ、左側下から二段目の
「MOEBIUS」をクリックしてください。
移った先のページ、第二文目からです。
Enfant, il couvre ses cahiers d'ecolier de dessins
inspires de l'univers du Far West.
少年時代、彼は、
自分の学習ノートを西部劇の漫画で埋め尽くすような子供でした。
A 16 ans, il rentre aux Arts Appliques
et commence a collaborer avec defferentes revues.
16歳のとき、彼は美術学校に入学し、
さまざまな雑誌へ投稿をしはじめました。
En 1956, il suit sa mere au Mexique et y reste huit mois.
1956年、彼は母親についてメキシコをおとずれ、
そこで八ヶ月過ごしました。
Ce sejour va durablement marquer sa vie.
これは、彼にとって忘れられない経験になったようです。
De retour en France,
il rencontre le maitre Jije
et collabore a la serie Jerry Spring en 1960,
mais c'est sa rencontre avec le scenariste jean Michel Charlier
trois ans plus tard qui s'averera determinante.
フランスに帰ってからのち、
彼はジジェ(Jije)に師事し、
1960年には『ジェリー・スプリング(Jerry Spring)』シリーズの作品を
共作しました。
そしてこれはまた、シナリオライターの
ジャン・ミシェル・シャルリエ(Jean Michel Charlier)との
出会いでもありました。
三年後、この出会いの意味が明確な形となって現われることになります。
*ジジェと『ジェリー・スプリング』については、
以下のサイトを参照してください。
→
■
2003年、ベルギーのブリュッセルにジジェ漫画博物館が設立されています。
●
ジジェ漫画博物館公式サイト
●同サイト内、
『Jerry Spring』のページ
(トップページ上段左端「QUI EST JIJE?(ジジェって誰?)」
>左側三行目「BD」>
「Les personnages et series qu'il a crees
(ジジェが描いたキャラクターと漫画のシリーズ)」
>Jerry Spring(1954))
メビウスがジジェと共作したというのは、
「Jerry Spring」シリーズの
『LA ROUTE DE CORONADO(コロナドへの道)』という作品のようです。
●同サイト内、
『LA ROUTE DE CORONADO』表紙画像
残念ながら、表紙にはジジェの名前しかクレジットされていないようです。
メビウスとジジェの関係については、
同サイト内のジジェのバイオグラフィーでも触れられています。
●同サイト内、
「Biographie>1958-1966」のページ
(トップページ上段左端「QUI EST JIJE?(ジジェって誰?)」
>左側一段目「Biographie de l'artiste(ジジェのバイオグラフィー)」
>左側「1958 - 1966」)
さすがにこういうのまで訳し出すとキリがないので、
関連していると思われる箇所だけ引いておくことにします。
En 1958, Jean Giraud,
Jean-Claude Me'zie`res et Patrick Mallet (Pat Mallet),
tous trois ne's en 1938
et ayant fait l'E'cole des Arts applique's a` Paris,
vont montrer leurs dessins a` Jije'.
Ils sont impressionne's de se trouver en face du mai^tre,
dont ils ve'ne`rent le travail sur Jerry Spring.
En 1960,
Jije' re'alise une nouvelle histoire de Jerry Spring,
"Le Mai^tre de la Sierra",
publie'e dans Spirou de fe'vrier a` septembre.
Durant l’e'te', Jean Giraud retourne a` Champrosay;
Jije' lui propose de travailler avec lui
sur un nouvel e'pisode de Jerry Spring,
"La Route de Coronado",
qui sera publie' de fe'vrier a` juillet 1961.
Cette histoire sera mise a` l'encre par Giraud,
qui viendra quotidiennement chez les Gillain durant plusieurs mois.
Il se perfectionnera au contact du mai^tre
qui lui apprend toutes les ficelles du me'tier,
Jije' le conside'rant comme un fils et Giraud comme son pe`re.
Deux ans plus tard,
Jean Giraud sera recommande' par Jije' a` Jean-Michel Charlier
qui vient de cre'er la se'rie Fort Navajo
mettant en sce`ne le lieutenant Blueberry.
Giraud s'attaque a` cette se'rie avec une virtuosite' exceptionnelle;
toutefois, le sce'nariste fera encore appel au mai^tre
pour assurer deux inte'rims lorsque Giraud part pour le Mexique.
綴り字記号のおかげで変な表記になってしまっていますが、
ご容赦ください。
1958年に当時美術学校の生徒だったジャン・ジローたち三人の若者が、
ジジェに自分の絵を見てもらいに行って、認められ、
1960年に『ジェリー・スプリング』を共作した、
というようなことが描かれてあるのだと思います。
また、ジャン・ミシェル・シャルリエについては、
以下のサイトを参照して見てください。
→
■■
ひとつ目のサイトでは彼の写真を、
ふたつ目のサイトでは彼が関わったベデの画像を、
数多く見ることが出来ます。
こういう西部劇漫画ってのは、
フランスやアメリカの漫画の世界ではひとつのジャンルとして確立されている
ようなものなんでしょうか。
もうまったく分からないんですが、
追々調べて行こうと思います。
《追記》
で、かるく調べてみた結果です。
→
■■
これだけで充分ってほどに充実したページですね。
《追記2》
「メビレンジャー」管理人のRYOWさんから、
私信でいろいろと参考になりそうなことを教えていただきました。
まず、メビウスのバイオグラフィーとして参考になりそうなサイト。
●
「LE CANYON DE BLUEBERRY(ブルーベリー渓谷)」内
「AUTEURS(作者紹介)」のページ
●
「BUD PLANT ILLUSTRATED BOOKS」内
「GIR&MOEBIUS」のページ
ひとつ目のサイトは、フランス語によるファンサイトで、
『BLUEBERYY』シリーズに特化されているサイトです。
ふたつ目のサイトは、どうやら小規模経営の書籍販売業者が
商品の宣伝のために作ったページのようです。
さっそくざっと眺めてみたところ、
ちょっと気になる箇所が。
前回、メビウスが1956年(18歳)のときにメキシコに行ったという
一節を訳しました。
En 1956, il suit sa mere au Mexique et y reste huit mois.
1956年、彼は母親についてメキシコをおとずれ、
そこで八ヶ月過ごしました。
同じようなことが
「LE CANYON DE BLUEBERRY」のバイオグラフィーのページでも
記されています。
1956[中略]
Il part au Mexique, vivre chez sa mere pendant 8 mois.
メキシコへ出かけ、母の家で八ヶ月すごした。
問題は「suit」と「part」の違いです。
「suit>suivre」は
「…の後について行く、付き従う、
…の後をつける、後を追う、…につきまとう」
というような意味で、
「part>partir」は
「出発する、出かける」、
さらに後に「a(アクサン・グラーヴつき)」を伴なって、
「…に向けて出発する、出かける」
というような意味になる語です。
また、
「reste>rester(〈ある場所に〉とどまる、居続ける、滞在する)」
と、
「vivre chez sa mere(彼の母の家で暮す、生活する、住む)」
の違いも気になります。
つまりどういうことかと言うと、
①メビウスがメキシコへ向けてフランスを出発したとき、
母は、一緒にフランスを出発したのか、それとも既にメキシコにいたのか。
②母がメキシコに家を持っているとはどういうことなのか。
のニ点がはっきりしない、ということです。
前回の記事で訳したときには、
単純に、母と一緒にメキシコ旅行に行っただけだと思っていたのですが
(それにしても八ヶ月というのは長いですが)、
母がメキシコに家を持っているとなれば、話は別です。
メビウスの母ってメキシコ人なのでしょうか。
さらに、そこで八ヶ月も過ごしたというのは、
なんと言うか、いわゆる家庭の事情、みたいなものがあったのでしょうか。
なんかまたまた細かいことにこだわってしまっているようなんですが、
やはり気になってしまいます。
作者の伝記的なことがらをそのまま作品に投影するのもどうかと思いますが、
やっぱり、『BLUEBERRY』シリーズを読む際に、
印象が違ってくると思うのです。
結局現時点では結論を出せていないのですが、
一応メモ程度にアップしておきます。