せっかくですので、参考資料として、
「LE CANYON DE BLUEBERRY」の
バイオグラフィーも
訳しておきたいと思います。
8 mai 1938 Naissance a Nogent-sur-Marne dans le Val de Marne(94).
1938年5月3日
ヴァル・ド・マルヌ(Val de Marne)県の
ノジャン・シュル・マルヌ(Nogent-sur-Marne)に生まれる。
*ややこしい話ですが、
ヴァル・ド・マルヌ県のノジャン・シュル・マルヌと
マルヌ県のノジャンとは、まったくの別ものです。
くわしくは、
●
「Wikipedia日本」内
「フランスの地方行政区画」のページ
と、
[未整理>「宮崎駿-メビウス」展下訳15]を参照してください。
1941 Divorce de ses parents,
il sera eleve en partie par ses grand-parents a Fontenay-sous-Bois.
1941年
両親が離婚する。
フォントネー・スー・ボア(Fontenay-sous-Bois)市に住む
祖父母のもとに一時的に預けられる。
*フォントネー・スー・ボアについては、以下のサイトを参照してください。
→
■■
この二つのレポートを読むかぎりでは、
芸術の香りただよう、上品な街というところなのでしょうか。
地図については以下のサイトを参照してください。
●
「multimap.com」で
Country「France」+Town「fontenay-sous-bois」+Scale「1:500000」
で検索。
参考ていどに、
●
「Wikipediaフランス」内
「Fontenay-sous-Bois」のページ
●
フォントネー・スー・ボア市公式サイト
●
「msnEncartaフランス」の
「Fontenay-sous-Bois」のページ
(僕はログ・インしていないので、最初の数文しか見ることが出来ません)
●
「TrekEarth」内
「Fontenay-sous-Bois」のページ
(世界中の風景写真を集めている有名なサイトです)
さて、なぜ長々とフォントネー・スー・ボアについて調べてきたかと言うと、
メビウスの生まれ育った土地がどのようなところなのか、
また、ノジャン・シュル・マルヌとフォントネー・スー・ボアは
どれくらい離れているのか、などと言ったことを通して、
メビウスという人の人となりに触れてみたいからに他なりません。
この二つの街の相互の位置関係については、
以下のものを参照して見てください。
●
「multimap.com」で
Country「France」+Town「nogent-sur-marne」+Scale「1:5000」
で検索。
赤丸が付いているところがノジャン・シュル・マルヌ、
そのすぐ左上に「FONTENAY-SOUS-BOIS」の文字を確認することが出来ます。
つまり隣の市どうし、ということですね。
これもまたややこしい話なんですが、
フォントネー・スー・ボアは公式サイトに「ville(市)」とあるので、
これはそのまま日本の「市」に相当するものと考えてよいと思うんですが、
ノジャン・シュル・マルヌは「commune」という独特の行政区画のようです。
くわしくは、以下のものを見てください。
●
「Wikipedia日本」内
「ノート:フランスの地方行政区画」のページ
●
「Wikipediaフランス」内
「communes de France」のページ
大都市郊外の閑静な高級住宅地に生まれながら、
3歳のときに両親が離婚、隣町に住む祖父母のもとに預けられた、
というのも、なんと言うかかわいそうな話ではありますね。
あんまり気軽に言ってしまうのも何ですが。
そのあと、母はメキシコに渡った、ということなんでしょうか。
さすがです。
「メビレンジャー」さんにこのサイトを教えてもらったおかげで、
とりあえず、母とメキシコの件については、一応の予測が立ちました。
あくまで個人のファンサイトの記述なので、
あとでちゃんとしたソースが探せればな、と思います。