宮崎駿の『風の谷のナウシカ』にも影響を与えた、
フランスの漫画『Arzach』の和訳です。
[
『Arzach』(アルザック)解説]
[
メビウス&宮崎駿対談動画:文字おこしと全和訳1]
[4(14)>1]
VOICI PLUSIEURS HEURES QUE NOUS ROULONS SANS INCIDENT NOTABLE.
ET TOUT IRAIT BIEN S'IL N'Y AVAIT CES PRECIPICES VERTIGINEUX !
それからしばらくは特に何事も起きなかった。
あぁ、この断崖絶壁さえなければ、万事OKだったんだが……。
[4(14)>2]
C'EST CURIEUX, NOUS SOMMES A
TROIS KILOMETRES DU MANS ET
CES GOUFFRES NE SONT MEME
PAS INDIQUES SUR LA CARTE !
変じゃない?
ル・マンまで3キロ……。
地図にはどこにも
こんな断崖は載ってないわよ?
[4(14)>3]
NORMAL CHERIE ! ILS SONT
TOUS NOUVEAUX, ET C'EST
UNE VIEILLE CARTE !
そんなことないさ!
“まだ”載ってない、ってことだろ。
その地図、古いんじゃないのか?
[4(14)>4]
OH, MAIS JE M'APERCOIS SOU-
DAIN QUE LA JAUGE DU RE-
SERVOIR D'ESSENCE EST
PROCHE DU ZERO !
やッ?!
大変だ、ガソリンがもうないぜ?!
[4(14)>5]
...ET COMME UN MALHEUR ARRIVE
TOUJOURS ACCOMPAGNE, VOILA
QU'UNE BANDE DE FEROCES
EMPECHEURS-DE-PASSER NOUS
ATTAQUE !
しかも……、おいアレ見ろよ。
追い剥(は)ぎ?!
こっちに向かって来るぞ。
ったく、ツいてない……。
[4(14)>6]
EVIDEMMENT, TOUT CECI SEMBLE
BIEN LOINTAIN MAINTENANT, ET LE
FAIT QUE JE SOIS ICI, DANS MON
PETIT ATELIER DOUILLET ET TIEDE,
CONFORTABLEMENT INSTALLE A MA
TABLE DE TRAVAIL A VOUS
NARRER LES INCIDENTS QUI ONT
EMAILLE CE VOYAGE PROUVE
QUE NOUS AVONS PU EN SORTIR
SAINS ET SAUFS.
今こうやってあの時のことを思い出してみると、
すべては遠い昔のことのように思えて来る。
まあでも、少なくとも今はこうしてるわけだから、
ぼくたちが無事だったってことだけは確かだ。
おかげさまで、こうやって居心地のいいアトリエで
ゆったりと仕事机に向かいながら、
あの旅を彩ったいろいろな出来事について
君たちにお話できてるってわけだ。
POURTANT, JE ME SOUVIENS PAR-
FAITEMENT QU'AU MOMENT DE
L'EVENEMENT. LE SENTIMENT QUI
DOMINAIT EN MOI ETAIT UNE
SORTE D'INQUIETUDE MELEE A
L'IDEE PERSISTANTE ET CAFAR-
DEUSE QUE MA DERNIER HEURE
ETAIT VENUE... QUANT A MA FEM-
ME, QUI SE MORFONDAIT SUR LA
BANQUETTE ARRIERE AVEC
NOTRE FILLETTE, ELLE SE SENTAIT
TOUTE TRISTE ELLE AUSSI.
あのとき起こったことは
すべて完璧に覚えている。
あの瞬間の自分の気持ちもね。
「これで死ぬな」って思ってた。
妄想と憂鬱と、そして不安で頭がいっぱい、
って感じかな。
妻の方は後部座席で娘と一緒にそわそわしてた。
きっと彼女も、不安に打ち震えてたんだと思う。
ET QUI POURRA NOUS BLAMER
D'AVOIR EU CETTE REACTION ?
CERTAINEMENT PAS CEUX QUI
PARMI VOUS, ONT DEJA EU MAILLE
A PARTIR AVEC QUELQUE BANDE
FEROCE D'EMPECHEURS-DE-PAS-
SER... DU MOINS CEUX QUI ONT
SURVECU, HA, HA, HA !
だって仕方がないだろ?
誰だって不安になるさ。
それに、僕は君たちとは違うから、
あんなおっかない連中とやり合うなんて
思いも付かなかったよ。
でも、だから生き残ったとも言える。
臆病者が得をする、って感じかな。
ははっ。
《付記》
◆ 「NOUS SOMMES A TROIS KILOMETRES DU MANS」
「私たちはル・マンから3キロの地点にいる」という意味です。
[1(11)]の扉絵の車の右隣に、
「LE MANS 3KM」(ル・マンまで3キロ)と書かれた
道路わきの標識が描かれているので、
この妻はおそらくその標識のことを覚えていて、
上記のように言っているのでしょう。
● 「multimap.com」内「Scale:1/100,000」
● グーグルマップ内ル・マン市周辺
ル・マン市周辺の地図です。
「multimap.com」の川の形と見比べてもらえば
グーグルマップでも同地を特定できると思います。
パリからレー島に向けてル・マン市を経由しているジャン一行にとって、
「ル・マンまで3キロ」の地点というのは、
グーグルマップの右上の土地周辺ではないかと思われます。
衛星写真の左下に縮尺が載っているので、
3キロの距離も特定することが出来るでしょう。
断崖どころか山さえもない平坦な土地であることが伺えます。
出来れば1973年当時の地図を参照したいところですが、
ひとまずはこれらの資料で十分ではないかと思います。
◆ 「FILLETTE」
「娘」という意味です。
このキャラクターを現実のメビウスの家族になぞらえるなら、
この「娘」は、クロディーヌとのあいだに生まれた娘、
エレーヌ・ジロー(Helene Giraud)ということになるでしょう。
彼女はいまイラストレーターとして活動していて、
リュック・ベッソン監督の映画『フィフス・エレメント』では、
父のメビウスと一緒にデザインの仕事をこなしていたりします。
● エレーヌ・ジロー公式サイト
右下の●印の「1(LN GALLERY)」をクリック→
中央に現れた「LN GALLERY」をクリック→
「Feature movies」をクリック、
という手順で
『フィフス・エレメント』のデザイン画を見ることが出来ます。
サムネイルはクリックで拡大。
上記サイトの「2(RESUME)」には
「Born in Paris on 1970.」(1970年パリで生まれる)
とあるので、
本作の初出の1973年には3歳だった、ということになるでしょう。
ついでに、クロディーヌとのあいだに生まれたもう一人のこども、
息子のジュリアン・ジロー(Julien Giraud)の公式サイトも
メモしておきます。
● ジュリアン・ジロー公式サイト(http://mapage.noos.fr/J.Giraud/)
現在デッドリンクです。
● 「INTERNET ARCHIVE」での発掘結果
過去のウェブのデータを閲覧することのできるサイト
「INTERNET ARCHIVE」による、上記URLの検索結果です。
● 同上内「Feb 21, 2002>中央画像をクリック>二段目一番右をクリック」
ジュリアンのプロフィールのページです。
「Ne le 04.08.1973」(1973年8月4日生まれ)とあります。
イラストレーター、CGアーティストとして活動しているようです。
《付記》
うーん、やっぱり何か釈然としない部分があるというか、
当時の読者なら暗黙の了解的に分かるようなことが、
言外の意味として含まれているような気がします。
まいったな……。