「メビウス、『メトロポリス』を語る」の訳注です。
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目次:メビウス、『メトロポリス』を語る]
この記事では、
「メビウス、『メトロポリス』を語る」での
『文明の衝突』『ジャングル・ブック』の引用と、
メビウスの日本論について検討します。
後半の以下の記事に続きます。
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訳注『メトロポリス』:『文明の衝突』『ジャングル・ブック』の引用とメビウスの日本論 - その2]
率直に言って、引用は結構いい加減で、
メビウスの日本論も凡庸なものだと思います。
以下のプログラムに従います。
(項目のクリックで該当箇所に飛びます)
0 インタビューの原文
1 『文明の衝突』とメビウスの日本論
1-1 『文明の衝突』についての基本的な情報
1-2 『文明の衝突』の内容
1-3 『文明の衝突』を引用している箇所
1-4 メビウスの日本論
2 『ジャングル・ブック』と白人至上主義・人間中心主義
2-1 『ジャングル・ブック』についての基本的な情報と内容
2-2 『ジャングル・ブック』を引用している箇所
2-3 白人至上主義・人間中心主義
3 総括
◆ 0 インタビューの原文
インタビューの当該箇所を原文で挙げておきます。
M:
Oui,
c’est pour cela
que je pense que ça n'est pas le film d’un seul auteur,
ou même d’un groupe d’auteurs,
mais plutôt le film du Japon, d’un peuple,
qui est rentré dans la modernité
par une voie que l’on ne connaît pas, dont on a pas idée.
Il y a un livre, qui s’appelle Le choc des civilisations,
qui est le résultat d’une recherche approfondie
qu’on trouve dans la tradition anglo-saxonne,
qui consiste à essayer de décoder l’Histoire du monde,
à apposer des grilles de perceptions
qui ne soient pas « nationales » mais « extra-terrienne ».
A ce niveau,
les Japonais sont un peu les Anglais du troisième millénaire.
Et cela se voit dans leurs créations.
Ils ont expérimenté ce que seront les problèmes de la planète,
car d’une certaine manière la Terre est une île,
entourée du vide sidéral,
qui est une mer beaucoup plus difficile à traverser qu’un océan.
On est dans un ordre croissant
d’isolement et de difficulté qui est phénoménal.
Quelque part, dans cette perspective des civilisations,
on voit que ce qu’on appelle la civilisation occidentale
(même si on est toujours les occidentaux de quelqu’un)
a ouvert la boite de Pandore du développement technologique et laïque,
et toutes les autres civilisations de la planète sont
confrontées à ce problème que nous avons créé.
C’est ça qui est troublant et excitant quand on observe,
non pas le Japon, mais le regard que pose le Japon sur le monde,
surtout à travers des auteurs populaires.
Ils portent sur le monde un vrai regard,
ils s’approprient l’Histoire du monde
comme quelque chose que l’on peut légitimement explorer.
Chose que les autres civilisations n’ont pas expérimenté.
On n’a pas encore vu d’histoire
par exemple qui serait racontée par l’Islam
et qui prendrait des blancs comme vecteur d’humanité.
Nous on peut faire cela,
comme KIPLING l’a fait avec le Livre de la Jungle,
et raconter une histoire avec un indien dans une forêt
qui devient un mythe fondamental et mondial.
Les Japonais n’ont, de fait, aucun complexe,
ils prennent cette attitude,
qu’ils considèrent comme une attitude de maître de Jeu
et ils la jouent sans la moindre peur, sans complexe.
Ce qui leur permet de faire des histoires de mousquetaires,
avec un sens du détail très approximatif, une fantaisie certaine,
mais en tout cas un sens de l’universalité confondant.
On retrouve cette même démarche
dans la façon d’aborder les thèmes de Métropolis.
◆ 1 『文明の衝突』とメビウスの日本論
◆ 1-1 『文明の衝突』についての基本的な情報
『文明の衝突』
(THE CLASH OF CIVILIZATIONS AND THE REMAKING OF WORLD ORDER)
は、1996年にアメリカで発表された政治学書です。
今後の世界情勢を占う書として非常に注目された本です。
● ウィキペディア日内「文明の衝突」
フランス語版は『Le Choc des civilisations』
(「THE CLASH OF CIVILIZATIONS」の直訳)の題で
1997年に発行されています。
● 出版社Odile Jacob社公式サイト内『Le Choc des civilisations』のページ
● アマゾン仏内『Le Choc des civilisations』のページ
メビウスは英語も読めるので、英語の原書を読んでいるかも知れません。
● アマゾン日内『The Clash of Civilizations and the Remaking of World Order』のページ
*「なか見!検索」(本の内容を検索できるサービス)が
適用されているので、原書の内容を部分的に確認するのに非常に便利です。
● アマゾン日内『The Clash of Civilizations and the Remaking of World Order (ハードカバー) 』のページ
*僕が参照したのはこちらの版です。
「なか見!検索」は上記のペイパーバック版に飛びます。
僕は日本語版(鈴木主税訳)と英語の原書を参照しました。
残念ながらフランス語版は参照するに至っていません。
● アマゾン日内『文明の衝突』のページ
なお、インタビューは2002年に行われたのではないかと思います。
『メトロポリス』の日本公開は2001年、
フランスでの公開とDVDの発売は2002年です。
● ウィキペディア日内「メトロポリス」
● ウィキペディア仏内「Metropolis」
● アマゾン仏内『Metropolis』DVDのページ
◆ 1-2 『文明の衝突』の内容
まずは『文明の衝突』の内容を確認しておきましょう。
ひとことで要約するなら、
“今後、世界の国々は文明ごとにまとまるようになり、
異文明間の争いが起こるようになる”
ということになります。
本書の中心的なテーマをひとことで言うと、[中略]文明のアイデンティティが、冷戦後の統合や分裂あるいは衝突のパターンをかたちづくっているということである。
[邦訳版21ペイジ。以下同様]
21~22ペイジにかけて本書の全五章の内容が要約されているので、
僕なりに纏(まと)めたうえで示しておきましょう。
第一部:近代化というのは西欧化することではなく、
非西欧社会が西欧化するわけでもない。
第二部:相対的な影響力という意味では、西欧は衰えつつある。
非西欧文明は全般的に自分たちの文化の価値を再確認しつつある。
第三部:文明に根ざした世界秩序が生まれはじめている。
第四部:文明の断層線において文明の衝突が起きる。
第五部:異文明間の世界戦争を避けるためには、
世界政治の多文明性を理解し、
尊重するようにしなければならない。
では、メビウスのインタビューとの関係を見て行きましょう。
◆ 1-3 『文明の衝突』を引用している箇所
『文明の衝突』を引用している箇所を直訳とともに挙げたうえで、
具体的な引用本文を検討して行きます。
◇ (A)-「国家」という枠組みの限界
Il y a un livre, qui s’appelle Le choc des civilisations,
qui est le résultat d’une recherche approfondie
qu’on trouve dans la tradition anglo-saxonne,
qui consiste à essayer de décoder l’Histoire du monde,
à apposer des grilles de perceptions
qui ne soient pas « nationales » mais « extra-terrienne ».
ここに一冊の本がある。その名前は『文明の衝突』で、
これは、人々がアングロサクソンの伝統のなかに見出す
詳細な調査の結果である。
それは、世界の歴史を解読しようとすることと、
「国家」ではなく「超地球的」という
認識の格子を当てはめようとすることから成り立っている。
『文明の衝突』に
「超地球的」(extra-terrienne)という語は出てきませんが、
「文明」(英civilization/仏civilisation)という枠組みによって
世界全体の情勢を分析しているので、
その点では「超地球的」な研究書と言えるかもしれません。
● アマゾン日「なか見!検索」での"extra"の検索結果
なお、メビウスは、
世界情勢を分析する際の枠組みとしては
「国家」(nationales)は適切ではない、
と言っていますが、これは本書の内容に沿ったものです。
世界を七つか八つの文明で成り立つと見れば、こうした難点の多くが避けられる。[中略]国家[statist]パラダイムや混沌パラダイムのようにリアリティに固執するあまり簡略さをあきらめる必要もない。
[邦訳版44ペイジ/ペイパーバック版36ペイジ、以下同様]
● アマゾン日「なか見!検索」での該当箇所
ただし、この場合の「国家」には「statist」が使われていて、
フランス語の「nationales」に相当する
英語の「nationals,national」には該当する使用例はありません。
● アマゾン日「なか見!検索」での"nationals"の検索結果
● 同上"national"の検索結果
◇ (B)-誰にとっての「西」か、技術の発達と世俗主義、孤立化
On est dans un ordre croissant
d’isolement et de difficulte qui est phenomenal.
Quelque part, dans cette perspective des civilisations,
on voit que ce qu’on appelle la civilisation occidentale
(même si on est toujours les occidentaux de quelqu’un)
a ouvert la boite de Pandore
du développement technologique et laïque,
et toutes les autres civilisations de la planète sont
confrontées à ce problème que nous avons créé.
人々は、
孤立と驚くほどの困難が増大する秩序のなかに居る。
どこだったか、文明に関するこの視点のなかで、
西欧文明と呼ばれているものが
(たとえ、今日では人々は誰かにとっての西欧人だとしても)
技術の発達と世俗主義というパンドラの箱を開けて、
地球の他のすべての文明が
我々が創り出したこの問題に直面している、
という箇所があった。
*「この問題」(ce problème)は、
「孤立と驚くほどの困難が増大する秩序」
(un ordre croissant
d’isolement et de difficulte qui est phenomenal)
を指しているのでしょう。
この箇所の内容は比較的『文明の衝突』に忠実です。
ただし、すべてがそのまま該当するような本文はありません。
本文を要約して部分的につぎはぎしている感じです。
◇ (B-1) 誰にとっての「西」か
「même si on est toujours les occidentaux de quelqu’un」
(たとえ、今日では人々は誰かにとっての西欧人だとしても)は、
以下の一節に基づいているのでしょう。
「西洋」["the West"]という言葉はいまや多用され、西側キリスト教圏と呼ばれていた世界をさすようになった。したがって、西洋[the West]文明は特定の民族や宗教あるいは地理的な場所の名前ではなく、羅針盤の方位で認識される唯一の文明である。
[邦62/英46-47ペイジ]
● アマゾン日「なか見!検索」での該当箇所
「東」と「西」["West"]という言葉を使って地理的な場所を限定するのは混乱を招くし、自民族中心主義だ。「北」と「南」にはあまねく受け入れられて基準となる定点が南北の極にある。「東」と「西」にはそのような基準点がない。問題はどこの東であり、西であるかということだ。すべてはその人の立っている場所しだいである。
[邦63/英47ペイジ欄外の注。前出の箇所への注である]
● アマゾン日「なか見!検索」での該当箇所
なお、フランス語の「les occidentaux」に相当する
英語の「occidental, occident」等については、
該当する使用例はありません。
● アマゾン日「なか見!検索」での"occidental"の検索結果
● 同上"occident"の検索結果
「西欧」の訳語についてはとくに以下の訳注に従っています。
(訳注ー日本では一般に西洋より西欧がよく使われており、この文明の起源をあらわすにも適切だと考えられるので、本書では西欧で一致した)
[邦62ペイジ、本文中の割注]
◇ (B-2) 技術の発達と世俗主義
「ce qu’on appelle la civilisation occidentale(中略)
a ouvert la boite de Pandore
du développement technologique et laïque」
(西欧文明と呼ばれているものが、
技術の発達と世俗主義というパンドラの箱を開けた)については、
以下の一節を挙げることができます。
このように、西欧が独自の劇的な発展をとげた要因には、[中略]西欧社会では君主と三身分(僧侶、貴族、平民)あるいは世俗[secular]の権力者と宗教的な権力者に力が比較的分散していたこと[中略]などもある。しかし、西欧が拡大した直接の原因は技術[technological]だった。
[邦68~69/英51ペイジ]
● アマゾン日「なか見!検索」での該当箇所
フランス語の「laïque」に相当する
英語「laic,laicism」(世俗、世俗主義)は、
『文明の衝突』では使われていません。
● アマゾン日「なか見!検索」での"laic"の検索結果
● 同上"laicism"の検索結果
その代わりに
「secular,secularism」(世俗、世俗主義)という語が使われています。
● アマゾン日「なか見!検索」での"secular"の検索結果
● 同上"secularism"の検索結果
「技術」「世俗主義」の訳語は邦訳版に従っています。
なお、「パンドラの箱」(la boite de Pandore)という表現は
『文明の衝突』では使われていません。
● アマゾン日「なか見!検索」での"pandora"の検索結果
◇ (B-3) 孤立化
メビウスは、
世界は「孤立化」(isolement)の問題に直面している、と言っていますが、
これは「文明の衝突」(異文明間の世界戦争)の問題に相当する
と考えてよいかも知れません。
文化を共有する国家群が冷戦時代の東西ブロックにかわって登場し、世界政治のなかで、文明の断層線[ルビ:フォルト・ライン]を境界として紛争が起こるようになっている。
[邦185/英125ペイジ]
● アマゾン日「なか見!検索」での該当箇所
文明ごとに世界の国々がお互いに「孤立」するようになるわけです。
ただし、フランス語の「isolement」(孤立)に相当する
英語の「isolation」については、
該当する使用例はありません。
● アマゾン日「なか見!検索」での"isolation"の検索結果
以下の記事につづきます。
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訳注『メトロポリス』:『文明の衝突』『ジャングル・ブック』の引用とメビウスの日本論 - その2]
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