以下の記事のつづきです。
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訳注:『メトロポリス』での『文明の衝突』『ジャングル・ブック』の引用とメビウスの日本論 - その1]
◆ 1 『文明の衝突』とメビウスの日本論
◆ 1-4 メビウスの日本論
つぎに、メビウスが展開している日本論を見て行きましょう。
該当箇所を直訳とともに挙げておきます。
(a)-西洋人が思いもよらないやり方で近代化した日本
[前略]qui est rentré dans la modernité
par une voie que l’on ne connaît pas, dont on a pas idée.
人々が知らない、人々の察しのつかない方法で
近代に入った[日本人]
(b)-日本人はイギリス人に似ている
A ce niveau,
les Japonais sont
un peu les Anglais du troisième millénaire.
このレベルにおいては、
日本人は第三千年紀のイギリス人のようなものだ。
*「第三千年紀」(troisième millénaire)については
以下のページが参考になります。
● ウィキペディア日内「ミレニアム」
要するに、日本人はイギリス人に似ている、
と言いたいわけです。
同じ島国からの連想なのでしょう。
(c)-日本は世界の歴史を先取りしている
Ils ont expérimenté
ce que seront les problèmes de la planète,
彼ら[日本人]は、地球の問題になるであろうことを
すでに経験している。
(d)-日本の大衆作家に孤立化の問題が現れている
C’est ça qui est troublant et excitant quand on observe,
non pas le Japon,
mais le regard que pose le Japon sur le monde,
surtout à travers des auteurs populaires.
日本ではなく、日本を世界のなかに据える視点を観察すると、
それは、やっかいで興味深いことだ。
とくに、大衆作家を通して観察してみると。
*「それ」(C’est)は、
(B)の、技術の発達と世俗主義、
孤立化の問題を指しているのでしょう。
(e)-日本は世界の歴史を体現している
Ils portent sur le monde un vrai regard,
ils s’approprient l’Histoire du monde
comme quelque chose que l’on peut légitimement explorer.
Chose que les autres civilisations n’ont pas expérimenté.
彼ら[日本人]は、真のまなざしを世界に注いでいる。
彼らは、人々が当然のように調査できるようなものとして、
世界の歴史をわが物としている。
他の文明が体験しなかったことだ。
(f)-日本人が持っている遊びの態度
Les Japonais n’ont, de fait, aucun complexe,
ils prennent cette attitude,
qu’ils considèrent comme une attitude de maître de Jeu
et ils la jouent sans la moindre peur, sans complexe.
日本人は、実際、コンプレックスをまったく持っていない。
彼らは、遊びの達人の態度だと見做している
この態度を持ち合わせている。
そして彼らは、すこしの恐れもコンプレックスも持たずに、
この態度を遊ぶ。
いずれも『文明の衝突』の内容からは離れたものです。
この本のなかで
日本は一国で一文明を成すものとして特別な扱いをうけていますが、
(この本では世界の国々が八つの文明に分類されています。
日本以外の国は複数の国で一つの文明に分類されています)
だからといって、
メビウスの言う
(c)-日本は世界の歴史を先取りしている
(d)-日本の大衆作家に孤立化の問題が現れている
(e)-日本は世界の歴史を体現している
というような性質は認められていません。
強いて挙げるなら以下のような一節でしょうか。
[前略]文化的に孤立[lone]している日本は、今後は経済的にも孤立[lonely]していくかもしれない。
[邦201/英135ペイジ]
● アマゾン日「なか見!検索」での該当箇所
最も重要な孤立国[lone country]は、日本である。日本の独特な文化を共有する国はなく、[後略]
[邦204/英137ペイジ]
● アマゾン日「なか見!検索」での該当箇所
日本の孤立[loneliness]の度がさらに高まるのは、日本文化は高度に排他的で、広く支持される可能性のある宗教(キリスト教やイスラム教)やイデオロギー(自由主義や共産主義)をともなわないという事実からであり、そのような宗教やイデオロギーをもたないために、他の社会にそれを伝えてその社会の人びとと文化的な関係を築くことができないのである。
[邦204/英137ペイジ]
● アマゾン日「なか見!検索」での該当箇所
いずれの例においても、
日本の「孤立」(lone,loneliness)と世界の歴史とのあいだに
類似性は指摘されていませんし、
世界情勢を予測するうえでの特別な意味あいなども含められていません。
メビウスが独自に読み取った結果なのでしょうが、
(a)-西洋人が思いもよらないやり方で近代化した日本
(f)-日本人が持っている遊びの態度
と併せて、
こういった特別な思い入れは過大評価でしかないと思います。
(b)-日本人はイギリス人に似ている
も、俗流の日本論としてありふれたものです。
総じて、ここで展開されているメビウスの日本論は、
いわゆるオリエンタリズムの一種として
批判されてしかるべきものだと思います。
● ウィキペディア日内「オリエンタリズム」
西洋の東洋に対する差別の裏返しとして、
日本を過度に祭り上げているだけなのではないでしょうか。
◆ 2 『ジャングル・ブック』と白人至上主義・人間中心主義
◆ 2-1 『ジャングル・ブック』についての基本的な情報と内容
『ジャングル・ブック』
(英The Jungle Book/仏Le Livre de la jungle)は、
イギリスの作家キプリング(Kipling)が1894年に発表した有名な小説です。
● ウィキペディア日内「ラドヤード・キップリング」
● 同上「ジャングル・ブック (小説)」
狼に育てられた少年の物語、と要約されることが多いのですが、
実際にはこのほかにもいろいろな動物の物語が収録されていて、
オムニバス形式になっています。
● アマゾン日内『ジャングル・ブック』(角川文庫)のページ
*僕が実際に参照したものです。
● 「Project Gutenberg」内「The Jungle Book by Rudyard Kipling」
*原文を読むことが出来ます。
● アマゾン仏内『Bibliotheque de la Pleiade / Kipling : Oeuvres, tome 2』のページ
*仏訳版はこれを参照しました。
◆ 2-2 『ジャングル・ブック』を引用している箇所
『ジャングル・ブック』を引用している箇所を
直訳とともに挙げておきましょう。
On n’a pas encore vu d’histoire
par exemple qui serait racontée par l’Islam
et qui prendrait des blancs comme vecteur d’humanité.
Nous on peut faire cela,
comme KIPLING l’a fait avec le Livre de la Jungle,
et raconter une histoire avec un indien dans une forêt
qui devient un mythe fondamental et mondial.
人々はまだ、
たとえば、イスラム文明によって話されていて、
また、白人を人間性の仲介者として据えているような物語を、
見たことがない。
我々は人々にそのことをすることが出来る。
たとえば、
キプリングが『ジャングル・ブック』によって彼らにそれをして、
根本的で世界的なひとつの神話になっている、
森のなかの一人のインド人の物語を話すように。
メビウスは
「une histoire avec un indien dans une forêt
qui devient un mythe fondamental et mondial」
(森のなかの一人のインド人の物語で、
根本的で世界的なひとつの神話になっている)
と言っていますが、
『ジャングル・ブック』の要約としては標準的なものだと思います。
◆ 2-3 白人至上主義・人間中心主義
しかしながら、
『ジャングル・ブック』を
「白人を人間性の仲介者として据えているような物語」
(d’histoire[中略]
qui prendrait des blancs comme vecteur d’humanité)
とするのは大いに問題があります。
『ジャングル・ブック』には、
狼に育てられたインド人の少年が白人に人間性を教えてもらう、
というような場面はありません。
ただし、
1994年に実写映画化された際にそのようなアレンジがなされているので、
メビウスはこの映画を想定しているのかも知れません。
● 「goo映画」内「ジャングル・ブック(1994)>あらすじ」
*映画のあらすじがすべて書かれているので注意してください。
ほとんど別作品と言ってよいほどに大胆にアレンジされています。
原作には「英国軍将校ブライドン少佐」や「ブライドン少佐の娘キティ」、
「彼女に恋するブーン大尉」は登場しません。
さらに、原作との食い違い以外にも、
「白人を人間性の仲介者として据えているような物語」という内容自体に
大きな問題があります。
こういった考え方は、
いわゆる「人間中心主義」として批判されているものに当たるからです。
「人間性」(humanité)
「ヒューマニズム」(英humanism/仏humanisme、人間性を重視する考え方)
と言うと一見良いものに見えますが、
その裏には“人間以外のもの”に対する差別が隠されています。
ここで言う“人間以外のもの”は動物や植物には限られません。
西洋の白人にとっての“人間以外のもの”、
すなわち、東洋に住む有色人種も、
“人間以外のもの”に分類されてしまう場合があるのです。
たとえば、白人が黒人を奴隷として酷使したり、
アメリカに渡った白人がインディアンを虐殺したりする場合に、
「有色人種は人間ではないから」という理由で、
大々的に正当化されていた時代がありました。
● ウィキペディア日内「人種差別」
● 同上内「有色人種」
● 同上内「白人至上主義」
メビウスは、
「白人」に「人間性」を教えてもらわなければならない人達として
イスラムの人や日本人を想定しているわけですから、
問題は決定的です。
メビウス自身に悪意は無いのでしょうが、
メビウスの発言には白人至上主義・人間中心主義が透けて見えてしまいます。
「1-4 メビウスの日本論」において僕は、
メビウスの日本論は
「西洋の東洋に対する差別の裏返しとして、
日本を過度に祭り上げているだけ」
なのではないかと評しましたが、
メビウスによる日本の過大評価は、
こういった白人至上主義・人間中心主義と表裏をなしている
のではないかと僕は思います。
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訳注:『メトロポリス』での『文明の衝突』『ジャングル・ブック』の引用とメビウスの日本論 - その1]
◆ 3 総括
総じて、このインタビューのなかの
『文明の衝突』と『ジャングル・ブック』の引用には不正確な部分があり、
メビウスの日本論にも大きな問題があると言わざるを得ません。
もっとも、これはあくまで
訳文を作るために可能なかぎり厳密に検証したからなのであって、
メビウスを妄信する必要がないのと同様に、
必要以上に責める必要もないと思います。
公的な論文などではなく、
あくまでインタビューで映画の感想を述べているだけなのですから、
この程度はフランス人としては標準的なのではないでしょうか。
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目次:メビウス、『メトロポリス』を語る]