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荒木飛呂彦のコマ割りの原理 - その3]のつづきです。
◆ 『ジョジョ』第三部のもう一つの戦い -
基準線と荒木割りのせめぎあい
荒木割りの最初の例を確認しておきましょう。
荒木割りか否かの判定基準は、外線がななめに割られているか否かです。
(その結果、ペイジ全体が傾く効果が上がっていなければなりません)
いくつか微妙な例もあるのですが、
僕の見たかぎりでは、第三部の次の例が最初だと思います。
そして
『ジョジョ』第三部こそは、
荒木割りが漫画表現として確立される過程の
興味深い記録になっていると思います。
第三部では主人公のジョジョ一行と敵役のディオの戦いが描かれますが、
その裏では、
漫画表現における基準線と荒木割りのせめぎあいという、
もう一つの戦いが描かれているのです。
本題に入るまえに微妙な例も確認しておきましょう。
最後のコマの下のワク線がななめに割られているように見えますが、
枠外に「やがて忘れられた」というト書きが置かれているので、
外線がななめに割られているかどうかは微妙だと思います。
2コマ目の上のワク線がななめに割られていますが、
これはコマ全体がずれている例として処理すべきかも知れません。
1コマ目全体がずれることによって、
作中人物の怒りが強調されています。
本題です。
第三部の総ペイジ数に対する荒木割りの比率を算出してみました。
第三部の総ペイジ数は2953ペイジ、総エピソード数は152です。
1エピソードは平均約20ペイジなので、
5エピソードごとにまとめて(合計平均約100ペイジ)、
荒木割りを含むペイジの数を数えてあります。
荒木割りペイジの数が、ほぼパーセンテージに相当するわけです。
エピソード数・グラフ(
■一つが10ペイジ分に相当)
・荒木割りペイジ数/総ペイジ数・備考
の順に示します。
001~005 0/102 微妙な例が1例ある(DIOの棺桶)
006~010 0/97
011~015 0/100
016~020
■1/96 微妙な例が1例と最初の例("力"のスタンド)がある
021~025
■1/95
ディオをテレビで透視する場面に1例
026~030
■1/95 黄の節制に1例
031~035
■4/99 吊られた男に3例、女帝に1例
036~040 0/95
041~045 0/97
046~050 0/95
051~055
■4/97 太陽に3例、死神13に1例
056~060
■2/98 死神13に2例
061~065
■8/97 審判に8例
066~070
■■■24/95 女教皇21例、愚者3例、
主人公がエジプトに上陸
071~075
■7/96 愚者に7例
076~080
■5/98 「クヌム神」に2例、「アヌビス神」に3例
081~085
■10/96 「アヌビス神」に10例
086~090
■6/95 「バステト女神」に6例
091~095
■■14/99 「バステト女神」に1例、「セト神」に13例
096~100
■7/97 「セト神」に3例、DIOを撃つ!?に2例、ダービー(兄)に2例
101~105
■10/97 ダービー(兄)に5例、ホル・ホースとボインゴに5例
106~110
■■13/97 ホル・ホース6例、ペット・ショップ7例、
ディオの館登場
111~115
■■15/99 ペット・ショップに11例、ダービー(弟)に4例
116~120
■7/98 ダービー(弟)に7例
121~125
■9/97 ダービー(弟)に7例、ヴァニラ・アイスに2例
126~130
■■■21/97 ヴァニラ・アイスに21例
131~135
■■■■34/98 ヴァニラ13例、スージー3例、DIO18例、
ディオ登場
136~140
■■■■■■■62/97 DIOに62例
141~145
■■■■■■■62/97 DIOに62例
146~150
■■■■■46/98 DIOに46例
151_152
■10/39 DIOに7例、遥かなる旅路に3例
合計383/2953
微妙な例があるので細かい数字には異同があるかも知れませんが、
おおまかな流れが分かれば良いのでひとまずは上記の計測で充分でしょう。
荒木割りペイジ数は合計383ペイジでした。
総ペイジ数は2953ペイジ、
荒木割りの比率は約13パーセント(100*383/2953≒12.9)です。
1エピソード(平均約20ペイジ)あたりの平均荒木割りペイジ数は2.6ペイジです。
上のグラフを見てもらえば分かるように
終局に近づくにつれて荒木割りの数が多くなっていますが、
ここで注目されるのは、
徐々に数が多くなっているわけではなくて、
急に数が多くなる時点がある、という点です。
あきらかに、
敵役のディオの登場にあわせて荒木割りの数が急増しています。
各エピソードごとに平均荒木割りペイジ数を示してみます。
エピソード数・グラフ(
◆一つが1ページ分に相当)
・平均荒木割りページ数・エピソードのタイトル
の順に示します。
001____ 0.0 悪霊にとりつかれた男
002~010 0.0 炎の魔術師の巻~奇虫襲撃!
011~013 0.0 銀の戦車
014~016 0.0 暗青の月
017~019
◆0.3 力
020~022 0.0 悪魔
023~026
◆0.5 黄の節制
027~032
◆0.5 皇帝と吊られた男
033~036
◆0.3 女帝
037~040 0.0 運命の車輪
041~046 0.0 正義
047~052 0.0 恋人
053~054
◆◆1.5 太陽
055~060
◆0.5 死神13
061~065
◆◆1.6 審判
066~069
◆◆◆◆◆◆5.3 女教皇
070~075
◆◆1.7 「愚者」のイギーと「ゲブ神」のンドゥール
076~079
◆0.5 「クヌム神」のオインゴと「トト神」のボインゴ
080~085
◆◆◆2.2 「アヌビス神」
086~091
◆◆1.2 「バステト女神」のマライア
092~096
◆◆◆◆3.2 「セト神」のアレッシー
097____
◆◆2.0 DIOを撃つ!?
098~103
◆◆1.2 ダービー・ザ・ギャンブラー
104~108
◆◆◆2.2 ホル・ホースとボインゴ
109~113
◆◆◆◆3.6 地獄の門番ペット・ショップ
114~124
◆◆1.6 ダービー・ザ・プレイヤー
125~132
◆◆◆◆◆4.5 亜空の瘴気 ヴァニラ・アイス
133____
◆◆◆3.0 スージー・Q・ジョースター 娘に会いにくる
134~151
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆10.8 DIOの世界
152____
◆◆◆3.0 遥かなる旅路 さらば友よ
他のエピソードがおおむね平均3~4ペイジ台以下であるのに対し、
「DIOの世界」の平均10.8ペイジだけが突出しています。
二番目に多い「女教皇」の平均5.3ページと比べても約2倍あります。
「DIOの世界」の総荒木割りペイジ数は195ペイジですから、
全152エピソードの内のこの18エピソードだけで
全体の約半数の荒木割りが現れていることになります。
(100*195/383≒50.91)
第三部においてはまさに、
荒木割りはディオであり、ディオは荒木割りであるのです。
ディオと荒木割りの関係に注意して、
第三部を読み直してみることにしましょう。
ディオの棺桶が引き上げられます。
荒木割りか否かが微妙な例です。
はじめてディオの姿が描かれる場面と、
はじめてディオ自身が登場する場面です。
ここではまだ荒木割りは現れていません。
荒木割りのいちばん最初の例は
力(ストレングス)のスタンドのサルを描いたものでしたが、
2例目においてはやくもディオが現れます。
ディオがはじめて主人公一行の前に姿を現す場面です。
非常に大胆な荒木割りで描かれるこのペイジ以降、
荒木割りの数が急増することになります。
ディオがはじめて主人公一行と本格的に戦う場面です。
ディオの能力がはじめて本格的に発動される場面です。
全エピソード中もっとも荒木割り比率の高いエピソードです。
全19ペイジの内じつに16ペイジに荒木割りが現れます。
ディオが主人公の空条承太郎とはじめて対峙するエピソードでもあります。
承太郎に対してはじめて能力を使う場面です。
大胆すぎるほどの荒木割りです。
ディオが敗北する場面です。
このようにして見てみると、
とくに
“主人公一行と対決するディオ”というのが、
荒木割りにとって非常に重要な契機になっていることが分かります。
ディオがはじめて荒木割りによって描かれたのは
テレビ越しに主人公一行に攻撃を加えた場面でしたし、
(第2例目の荒木割りでもあります)
荒木割り比率の急増は、ディオと主人公一行の直接対決に呼応しています。
また、全エピソード中もっとも荒木割り比率の高いエピソードも、
ディオと主人公がはじめて対峙するエピソードでした。
荒木割りはペイジ全体を傾けぶるぶると振るわせる手法でしたが、
そのとき発生する
ワク線と基準線のせめぎあいは、
そのまま、
ディオと主人公一行とのせめぎあいでもあるわけです。
第三部に現れる荒木割りの最後の例です。
このあと第四部以降では、
いちいち計測するのが無意味なほど荒木割りが多用されるようになります。
第五部ではディオの息子が主人公になりますが、
その中での荒木割りの一例です。
非常に変則的かつ大胆なコマ割りです。
作品の内容ではディオは敗北しましたが、
作品の表現ではディオ(荒木割り)が勝利を収めた
と言えるのではないでしょうか。
◆ 漫画以外の荒木割り -
アイリスショットと『カリガリ博士』
ところで、荒木割りは漫画だけのものなのでしょうか。
ここで注意しなければならないのは、
荒木割りは、
ペイジの端と基準線という二つの枠があって始めて可能になる
という点です。
枠が一つだけでは枠全体を傾けることは出来ません。
垂直方向の基準となる外側の枠があってはじめて、
内側の枠を“傾ける”ことが出来るのです。
次の例を見てみてください。
1ペイジぶち抜きの大きなコマが一つあるだけなので、
この例では枠は実質的に一つだけ(ペイジの端)と考えるべきでしょう。
一つの枠だけでも読者の平衡感覚を狂わせることは可能です。
(首を右に90度傾けるイメージ)
しかし、ここで傾けられているのはもはや、
枠ではなく絵そのものと言うべきです。
絵そのものを傾けずに枠だけを傾けて読者の平衡感覚を狂わせるには、
二つの枠がぜったいに必要なのです。
漫画が二つの枠を持つのはごく普通のことですが、
(だからこそ荒木割りが可能だったわけです)
これは漫画だけのことなのでしょうか。
漫画の比較対象としてまず挙げられるのは絵画と映画でしょうが、
これらは通常、一つの枠(額縁とスクリーンの端)しか持ちません。
僕の気が付くかぎりでは、
荒木割りに相当する例は映画のアイリスショットだけです。
古い映画で場面転換をする際の、
画面が端から暗くなっていって最後に丸く切り抜かれる手法を
覚えてはいないでしょうか。
あれがアイリスショットです。
有名な古典映画『カリガリ博士』を例に取ってみましょう。
● ウィキペディア日内「カリガリ博士」
*夢遊病者が連続殺人を犯す話を精神病患者が語る、という、
まさしく“奇妙な”映画です。
荒木飛呂彦のファン好みの要素がいっぱいだと思うのですが、
いかがでしょうか。
● 「INTERNET ARCHIVE」内「Moving Images>Movies>"Das Kabinett des Doktor Caligari"で検索」
*『カリガリ博士』はしっかり著作権が切れているので、
インターネットでタダでダウンロード出来てしまいます。
ただし、英語の字幕に日本語訳はついていません。
僕は「256Kb MPEG4(132 MB) 」(左メニュー「Download」欄内)を
落としました。
[上記ファイルで再生時間05:59、以下同様]
これがアイリスショットです。
スクリーンの端とアイリスショットの縁という二つの枠があります。
上記のウィキペディアでは、
「本作品では、場面の切り替え以外でもアイリス・ショットを多用し、
不安感をあおったり、注意を喚起したりする手法が多用されている。」
とされていますが、
これらの手法は二つの枠があってはじめて可能になるものです。
アイリスショットはふつうは丸い枠を使いますが、
『カリガリ博士』で注目すべきなのは、
ひし形の枠が使われているという点です。
夢遊病者が女を殺すために部屋に忍び込もうとする場面です。
形のうえでは荒木割りとまったく同じです。
読者の平衡感覚を狂わせるためではなく不安感をあおるための手法
だとは思うのですが、
僕の気が付いたかぎりでは、これがもっとも荒木割りに近い例です。
さらに、
ひし形の中心とスクリーンの中心がずれていることも重要です。
(ひし形が左に少しずれている)
これによって不安感をあおるという効果がさらに強調されていますが、
同じことが荒木割りでも試みられていると思います。
コマが見開きペイジの中心をまたいでいます。
(コマ割りの中心とペイジの中心がずれている)
傾ける度合いを強めることによってより強く読者の平衡感覚を狂わせる例、
と言えるでしょう。
とくに『ジョジョ』第五部において多用される手法です。
なお、
アメリカやフランスでも素晴らしい漫画はたくさん描かれていますが、
荒木割りに相当するような例は無いように思います。
(少なくともこれほど多用される例は、僕は知りません)
表現理念が根本的に異なるので、
そもそもこのような表現が求められていないのかも知れません。
また、
ひとつの画面を複数に区切るという手法は、
イコン(キリスト教東方正教会の宗教絵画)や
マンダラ(密教の宗教絵画)でも普通に見られるものですが、
荒木割りに相当するような例は見つけられませんでした。
どちらも宗教絵画として形式が定められているので、
変則的な表現は受け容れられないのでしょう。
「日本」の「漫画」だけを特別に持ち上げてしまうと
逆に日本の漫画の可能性を狭めてしまう、
と僕は思っているので注意しなければならないのですが、
やはり荒木割りは日本の「漫画」独自のものなのかも知れません。
(むしろ荒木飛呂彦独自のものと言うべきでしょうか。
理論的には、アメリカやフランスの漫画、イコン、マンダラなどでも
荒木割りは可能なはずです)
◆ 最後に -
狂ったのは平衡感覚だけか
最後にもうひとつだけ。
荒木割りによって狂わされているのは、
僕たち読者の平衡感覚だけなのでしょうか?
● 「文芸ジャンキー・パラダイス」内「(ジョジョ総目次)>ジョジョ立ち教室」
荒木飛呂彦のファンのなかには
非常に奇妙な行動をとる人がいるようですが、
(作中人物の奇妙なポージングをみんなで真似て遊んだりしています。
な、なんすかそれ。楽しそ……、いや何でもないです)
荒木割りによって狂わされているのは、
じつは、
以下の追記につづきます。
[
荒木飛呂彦のコマ割りの原理 - 追記]
本記事の訂正について。
[
メモ:荒木割り数の訂正]
[
荒木飛呂彦のコマ割りの原理 - もくじ]
[
荒木飛呂彦のコマ割りの原理 - その1]
[
荒木飛呂彦のコマ割りの原理 - その2]
[
荒木飛呂彦のコマ割りの原理 - その3]
[
荒木飛呂彦のコマ割りの原理 - その4]