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荒木飛呂彦のコマ割りの原理 - その1]のつづきです。
◆ コマ割りの変形ルールと諸類型 -
分割・統合、など
前節で設定した
基本モデルに、
さまざまな変形ルールを掛け合わせることによって、
漫画のコマ割りのいろいろなバリエーションを作り出すことが出来ます。
◆ 分割/縮小 -
時間の流れ
漫画のコマは、さらに細かく分割/縮小することが出来ます。
そもそもコマは、複数に割られることによってストーリー漫画に成り得る
わけですから、
この「分割/縮小」ルールこそは、
漫画のコマ割りを成り立たせる最も基本的なルールだと言えるでしょう。
(割られたコマが「分割」された結果なのか「縮小」された結果なのかは
解釈の分かれるところだと思うので、
ひとまず「分割/縮小」ルールと名づけておくことにします)
分割/縮小ルールによって時間の流れを表現できるようになる、
という点も、上述の通りです。
先述の基本モデルに分割/縮小ルールを掛け合わせることによって、
以下のコマ割りをつくることが出来ます。
基本モデルの四つのコマを横にさらに二分割したものです。
この8コマのモデルが、
実際に作品に現れるかぎりでは最も基本的なコマ割りだと思います。
連続する3ページがすべて8コマのモデルに従っている例です。
コマの縦線が段によって食い違っている例が多々ありますが、
(たとえば、34ペイジ1コマ目と2コマ目のあいだと、
3コマ目と4コマ目のあいだが上下で食い違っています)
これはコマを読む順番を明確に示すための措置でしょう。
段違いになっていることによって、
コマを縦一列に読む可能性が排除されているわけです。
(1コマ目→3コマ目という順番で読まれないようにしてある)
さらに細かく分割/縮小されている例です。
◆ 統合/拡大 -
状況説明と強調
漫画のコマは、
二つのコマを統合、もしくは一つのコマを拡大することによって、
さらに大きなコマにすることが出来ます。
これも、
漫画のコマ割りを成り立たせている基本的なルールと言えるでしょう。
統合/拡大ルールによって、
状況説明をしたり、特定の場面・内容を強調できるようになります。
作品の冒頭です。
いちばん最初に大きいコマを持ってくることによって、
作品の状況を説明しています。
舞台は町のなか、時間は夜、
雨が降っている中を一匹の犬がヨタヨタと歩いている、
こういった情報が最初に与えられることによって、
読者が作品世界を簡単に理解できるようになっています。
たとえばこの作品が2コマ目から始まっていたら、
読者は何が起こっているか分からずに、作品を楽しめなくなるでしょう。
いちばん最後のコマに注目してください。
うなるような音を発する岩を発見したおどろきが、
大きいコマによって強調されています。
「デカの心臓」というエピソードの冒頭2ペイジです。
各ペイジの最初のコマに注目してください。
状況説明のための大きなコマと、強調のための大きなコマを
同時に観察できる例です。
224ペイジ最初のコマで作品の状況が説明され、
225ペイジ最初のコマでは、
「出可」(でか)と呼ばれる巨体の男の大きさが
大きなコマによって強調されています。
強調のための統合/拡大は、さらに規模を大きくして、
1ペイジ全体、見開き2ペイジ全体をぶちぬく、
さらに大きなコマをつくることも出来ます。
「すごいがけ」のすごさが、
1ペイジ全体をぶちぬく大きな一つのコマによって強調されています。
大規模な旱魃におそわれた広大な大地の不毛さ、
それを見て「ひどすぎる」と歎ずる人物の無力感などが、
見開き2ペイジをぶちぬく大きな一つのコマによって強調されています。
統合/拡大ルールによって作られた大きなコマは、
基準線をはみ出ることによってさらに強調の度合いを強めることも出来ます。
のび太がドラえもんの秘密道具を使って、
海底の高い山を見る場面です。
「地上でみられない雄大なけしき」の雄大さが、
基準線をはみ出した大きなコマによって強調されています。
「ケヤキの大木」の大きさが、
基準線をはみ出した大きなコマによって強調されています。
以上の、分割/縮小、統合/拡大の二つのルールが、
ストーリー漫画のコマ割りを成り立たせている基本的なルールでしょう。
たとえば、上に挙げた藤子・F・不二雄の「ドラえもん」などは、
この二つのルールによってほぼ全てのコマ割りを分析できるほどです。
なによりも小さな子供に楽しんでもらうための作品なので、
意識的に基本的なコマ割りに徹しているのでしょう。
◆ ななめ -
緊迫感
漫画のコマは基本的には長方形をしていますが、
ななめに割ってひし形や三角形のコマにすることが出来ます。
ななめルールによって緊迫感を表現できるようになります。
最後の2コマがななめに割られています。
(結果的に最後から3コマ目もななめに割られています)
急に地震に襲われた緊迫感が表現されています。
見開き2ペイジのコマが全てななめに割られている例です。
荷崩れ事故の緊迫感が表現されています。
先に挙げた『火の鳥』の変則的なコマ割りも、
ななめルールの極端な例として分析することが出来るでしょう。
◆ 曲線 -
回想
漫画のコマは、直線によって割るだけではなく、
曲線によって割ることも出来ます。
曲線ルールによって
回想(過去の出来事を思い出す場面)を表現することが出来ます。
犬型のキャラクターが自分の過去を語る場面です。
過去の出来事を表現する際にコマの端を丸める、という、
曲線ルールのもっとも基本的な例です。
見開き2ペイジの一番右下のコマだけが直線的に割られていて、
その他のコマはすべて不定形の曲線によって割られています。
一番右下のコマのなかの品の良さそうなお婆さんが、
過去の出来事を語る場面です。
現在の出来事は直線的、過去の出来事は曲線的という基本を踏まえながら、
さらに不定形な曲線を利用することによって、
「あの奥さん」の「血の出るような」苦労が表現されています。
(これらの曲線は、血だまりをかたどっているのかも知れません)
以上の四つのルールによって、
ストーリー漫画に現れるコマの形のバリエーションは
ほとんど分析できるのではないかと思います。
もちろん興味深い例外はまだまだ沢山あるのですが、
(丸ゴマ、ずれたコマ、ワク線を消したコマなど)
当面の分析に必要な分は、すくなくともコマの形に関するかぎりでは、
以上で充分です。
◆ 非線形的時間 -
回想・ダイジェスト・場面転換
コマの形に関する分析は前節までで充分なのですが、
一定の内容に応じて変則的なコマ割りがされる場合があります。
これらについても簡単に確認しておくことにしましょう。
「非線形的時間」と物々しいタイトルを付けてしまいましたが、
要は、
特殊な時間の流れ方を表現するために、
変則的なコマ割りがされる場合がある、ということです。
先に挙げた、回想を表わすための曲線ルールがその代表的な例です。
コマ割りによって表わされる時間は、
通常は直線的(線形的)に流れています。
コマを読む順番がそのまま時間の流れる順番になっています。
しかし、回想の場面では、
コマを読む順番と時間の流れる順番に食い違いが生じます。
この食い違いによって読者の頭を混乱させないために、
現在の出来事は直線的、過去の出来事は曲線的な線によってコマを割って、
区別が付くようにしてあるわけです。
非線形的時間の例は回想だけではありません。
時間の流れを速めるダイジェスト(もしくは早送り)の場面でも、
変則的なコマ割りがされます。
「六か月」分の時間の流れが、
ななめルールによって割られた最初の9コマによって表現されています。
六ヶ月のうち四日分の太陽と月がダイジェストで示された
と解釈することも出来るでしょうし、
六ヶ月が四日分に早送りされたと解釈することも出来るでしょう。
(静止画の漫画では動画の映画のように早送りすることが出来ないので、
早送りの漫画的表現は必然的にダイジェストになってしまいます)
ダイジェスト/早送りに併せて場面転換がされる場合もあります。
爆発炎上した船からボートによって非難した人達が、漂流する場面です。
ここでは時間だけではなく場所も変化しています。
コマがかなり変則的に割られていますが、
基本的には、ななめルールと拡大ルールによるはみ出しで
処理しておけば良いでしょう。
非線形的時間を表現する場合には
かなり変則的なコマ割りがされる場合がある、
という点を確認しておけば、ひとまずは充分です。
◆ めくり -
読者を意識したコマ割り
漫画はふつう冊子状にまとめられるものですから、
漫画を読む際にはペイジをめくる必要があります。
この“ペイジをめくる”という動作に自覚的になり、
読者がペイジをめくる動作を促進するために、
変則的なコマ割りがされる場合があります。
前節までのコマ割りの類型はほぼすべて漫画の内容にかかわるものでしたが、
(作品内時間の流れを表わしたり、特定の場面を強調したり)
作品の内容ではなく読者を明確に意識しているという点で、
めくりの類型はとても重要な意味を持ちます。
ペイジの一番最初と一番最後のコマが、
拡大ルールによってそれぞれ上・下方向に基準線をはみ出しています。
問題は、このような例が一時的な例外としてではなく、
浦沢直樹の作品で多用されているという点です。
「MASTERキートン」「MONSTER」のほとんどすべてのエピソードで、
上に挙げたようなコマ割りがされています。
これは、拡大ルールによる強調効果だけでは説明がつきません。
そこで注目したいのが、ページをめくった次のコマです。
「船瀬君」に声をかけた人物が誰なのか、
暗闇のなかで女性が出会った人物がどのような顔をしているのか、が、
ページをめくることによって判明する仕掛けになっているわけです。
つまり、上の例で上・下方向にはみ出しているコマは、
正確に言うなら“前後のページに向かってはみ出している”と言うべきで、
このはみ出しによって、
ページをめくった向こう側(つまり前後のページ)に
読者の意識を誘導する効果をあげている、
と考えることが出来ると思うのです。
さらに次のような例を見てみましょう。
ペイジをめくる動作を挟むことによって、
それまで味方だと思っていた太った男が急に敵に豹変する驚きが、
強調されています。
作中人物が家の扉を開けて中の様子をうかがう場面です。
扉を開ける動作をペイジをめくる動作と連動させることによって、
作中の扉を実際に自分の手で開けているような感覚を、
読者が擬似的に体験できるようになっています。
同様に、
箱のふたを開ける感覚を擬似的に体験できるようになっています。
まず、210ペイジの4コマ目で、男と少女の位置関係を把握してください。
209ペイジの最後のコマは少女の視点から男を眺めた絵、
210ペイジの最初のコマは男の視点から少女を眺めた絵に、
ほぼ相当するはずです。
つまり、ここでペイジをめくる動作は、
互いに向き合っている二人の視線に沿って
読者の視線の方向を変える感覚に相当するわけです。
(二人のまわりを読者がぐるっと一回りするイメージ)
この“視線の方向を変える”という効果は、
次の例でさらに明確に現れています。
19ペイジの最後のコマでは写真の裏側が、
20ペイジの最初のコマでは写真の表側が描かれています。
ここにペイジをめくる動作を挟むことによって、
作中の写真を実際に手にとって裏返すような感覚を、
読者が擬似的に体験できるようになっているわけです。
以上で、荒木割りを分析するための基礎的な分析は終わりです。
上に挙げた諸類型と比較することによって、
荒木割りの特徴をさらに厳密に分析することが出来るはずです。
以下の記事につづきます。
[
荒木飛呂彦のコマ割りの原理 - その3]
[
荒木飛呂彦のコマ割りの原理 - もくじ]
[
荒木飛呂彦のコマ割りの原理 - その1]
[
荒木飛呂彦のコマ割りの原理 - その2]
[
荒木飛呂彦のコマ割りの原理 - その3]
[
荒木飛呂彦のコマ割りの原理 - その4]