たとえば、
日本の「漫画(Manga)」やアメリカの「Comics(アメコミ)」が
それぞれ異なった独自のスタイルを持っているように、
フランスの漫画も独自のスタイルを築き上げています。
そのため、フランスの漫画について語る際に
どうしても独自の用語を使う必要が出て来てしまいます。
ここではそのような用語の基本的なものについて、
簡単に解説しておきたいと思います。
◆ バンド・デシネ、 ベデ / Bande Dessinee, B.D.
フランスの漫画のことです。
「絵が帯状に連なったもの」というほどの意味です。
「ベデ」「B.D.」は略称です。
フランスの漫画でまず目がうばわれるのは絵の美しさです。
ストーリーも高尚なものが多く、
むしろ小説に近い印象を持っています。
そのため、
日本の「漫画」を読むような目でフランスの漫画を読んでしまうと、
たくさんの不幸な誤解を持ってしまうことになるでしょう。
むしろ、
日本の「漫画」にはない新しい漫画の魅力を探すようにして見てください。
きっと、今まで想像もしなかったような
漫画の新しい世界に出会えるはずです。
◆ アルバム / Album
フランスの漫画の単行本のことです。
ただし、前述のようにフランスの漫画は独自のスタイルを持っているので、
日本の漫画の単行本とはかなり異なった性質を持っています。
フランスの漫画は基本的にオールカラーで描かれています。
一冊のページ数は平均50ページ前後で、
装丁はハードカバーのものが主流です。
そのため価格も高い物が多く、
日本の漫画の五倍程度、2000円前後するものがほとんどです。
装丁や価格のことを考えると、
「漫画」の単行本というよりは、絵本に近い印象を持っていると言えるでしょう。
残念ながら、日本でアルバムを手に入れるのは困難だと言わざるを得ませんが、
当サイトでも出来る限り購入ガイドを充実させて行きますので、
ぜひとも一冊、アルバムを手に入れて見てください。
日本の「漫画」よりも、深く長く楽しめるものばかりだと思いますよ。
◆ ポートフォリオ / Portfolio
フランスの漫画の画集のことです。
基本的にセリフは付いていませんが、
連作の形でストーリー仕立てになっているものもあります。
フランスの漫画の絵の美しさを堪能するには一番のものと言えるでしょう。
ただ残念ながら、日本でポートフォリオを手に入れるのは、
フランスの漫画の単行本を手に入れる場合よりも
さらに困難だと言わざるを得ません。
いつかはきっと手に入れたい、そんな気にさせる作品ばかりです。
◆ シリーズ名、タイトル名 / Serie, Titre
フランスの漫画は基本的に書き下ろしの形で発表されるため、
単行本の題名のつけ方が日本の場合とは少々異なります。
日本の漫画でおなじ作品が複数の巻にわたって刊行されるばあい、
通常は巻数の違いを表示するだけで、
作品の題名自体を変えることはありません。
たとえば『作品名 第1巻』『作品名 第2巻』というように
なるかと思います。
一方フランスの漫画は、
最初から単行本での刊行を見越した形で作品が発表されるため、
おなじ作品が複数の巻にわたって刊行されるばあい、
それぞれの巻にあらたに副題が付くのが普通です。
たとえばメビウスの代表作「ランカル(L'INCAL)」シリーズは全6巻ですが、
それぞれの巻に『ランカル 第1巻 闇のアンカル』
『ランカル 第2巻 光のアンカル』というように、
あらたに副題が付くわけです。
これらは通常、
「シリーズ名(Serie)」と「タイトル名(Titre)」の違いとして
捉えられているようです。
日本の漫画で似た例を探すならば、
手塚治虫の「火の鳥」を挙げることが出来るでしょう。
『火の鳥 第1巻 黎明編』『火の鳥 第2巻 エジプト編』
などと言うばあいの、
「火の鳥」がシリーズ名、
「黎明編」「エジプト編」がタイトル名に相当するわけです。
当ブログでは、シリーズ名を表記するばあいには「 」でくくって、
単行本の題名を表記するばあいには『 』でくくって
表記するようにしています。
たとえば「ランカル」ならシリーズ名を、
『ランカル 1』なら同シリーズの第1巻『ランカル 第1巻 闇のアンカル』を
指すことになります。
◆ ストリップ / Strip, Comic Strip
おもに雑誌や新聞などに発表される
1コマあるいはせいぜい1~2ページの短篇漫画のことです。
日本でもまったく同じ例が普通に見られますが、
とくに名称などはないように思います。
フランスやアメリカでは、こういった漫画のことをとくに
「ストリップ(Strip)」と名付けているのです。
ストリップと漫画との最大の違いは
ストーリー性の有無だと考えられているようです。
ストリップは原則としてサイズが短いため、
ジョークや皮肉などを印象的に表現するのには向いていますが、
テーマ性をそなえたストーリーをじっくり表現するのには向いていません。
漫画が現れたばかりの初期の段階では
ストリップこそが漫画の唯一の表現形式でしたが、
やがて漫画でも表現の広がりが求められるようになった結果、
ストーリーをしっかりと表現し得るような漫画の表現形式が
求められるようになりました。
日本でこの「ストーリー漫画」の道を切り拓いたのは
手塚治虫の『新宝島』だとされることがあるようですが、
フランスの漫画界でおなじ道を切り拓いたのが、
他でもないメビウスの『アルザック(Arzach)』だとされているのです。
◆ 漫画、「漫画」、バンド・デシネ、アニメ、「アニメ」 / Dessin, Manga, Bande dessinee, Dessin anime, Anime
日本では、アメリカやフランスの漫画も含めて
すべて"漫画"(もしくは"マンガ""まんが"等)と呼ばれていますが、
フランスでは各国の漫画が全て呼び分けられています。
日本の「漫画」は"manga"、
フランスの漫画は"bande dessinee"、
そして、日本やフランス、アメリカ等の漫画をすべて含めて、
総称としての漫画は"dessin"と呼ばれます。
同じように、
日本の「アニメ」は"anime"、
総称としてのアニメは"dessin anime"と呼ばれます。
フランスに限らず、英語圏内においても、
同様の呼び分けがなされているようです。
当サイトでは、
日本の「漫画」はカッコでくくった"「漫画」"、
フランスのバンド・デシネは"バンド・デシネ"、
総称としての漫画はカッコでくくらない"漫画"、
と表記し分けるようにしています。
同様に、
日本の「アニメ」はカッコでくくった"「アニメ」"、
総称としてのアニメはカッコでくくらない"アニメ"、
と表記し分けています。
日本において、よく
「日本の漫画・アニメは世界一素晴らしい!」
というようなことが言われますが、
バンド・デシネやアメコミだって、
それぞれがそれぞれの価値観において、
「世界一」と称されるべき素晴らしい作品を生み出しています。
これら全てを同じ一つの価値基準で比較して、
(それは得てして日本の「漫画」に都合のよい基準でしかないのですが)
「日本の漫画・アニメは世界一だ!」
なんて言うことは、
ナンセンスと言うほかないでしょう。
もちろん、
バンド・デシネが「漫画」よりも優れている、
なんてことを言いたい訳ではありません。
「日本の漫画・アニメ
は世界一」
なのではなく、
「日本の漫画・アニメ
も世界一」
だと思うのです。
さあ、
つまらない思い上がりなんてものは捨てて、
新しい世界に目を向けてみて下さい。
あなたが想像もしなかったような素晴らしい漫画の世界が、
バンド・デシネにはきっとあるはずですよ。
◆ 展覧会とヴェルニサージュ / Exposition et Vernissage
フランスでは漫画は芸術の一種として認知されています。
そのためか、
バンド・デシネ作家の個展や展覧会が頻繁に開かれています。
フランスに限らず、
美術展覧会では、
一般に公開する前に関係者だけを集めて
特別プレ公開を開催するのが慣習になっています。
このようなプレ公開のことを
「ヴェルニサージュ」(Vernissage)と呼びます。
ヴェルニサージュには作家本人のほか、
その作家と親交のある他の作家などが参加し、
一般のファンが抽選で参加できることもあるようです。
ファンがベデ作家と会うことの出来る貴重な機会になっています。
以上で基本用語解説は終わりですが、
ここで述べたようなストーリーの難解さ、価格の高さ、
絵の美しさに伴なった制作期間の長さ
(フランスの漫画家は週刊誌、月刊誌等への連載は持たず、
基本的に書き下ろしで単行本を制作します。
そのため、ふつう数ヶ月から数年かけて
一冊のアルバムを制作することになります)
などから、本国フランスでも80年代頃から
バンド・デシネの売れ行きが下がって来ているそうです。
そのため、日本の漫画にならった制作、販売形態への
移行も企画されているそうです。
願わくば、このような変化が、フランス、日本、両国の
漫画文化をさらに豊かにするものでありますように。